診療について
動物スポーツメディスン科
関節鏡検査について
当院では2000年より、関節鏡検査・関節鏡下手術を取り入れております。犬猫の小さい関節を扱う困難さやその技術習得に時間がかかることから一般的にはおこなわれていない特殊な検査ですが、当院ではその長きにわたる経験から現在では短時間で適切な検査および関節鏡下手術を可能としています。
関節鏡検査・関節鏡下手術
小さな皮膚切開創から関節鏡とよばれる硬性内視鏡を関節内に挿入し、関節内部の観察をおこないます。治療が必要な病変を認めた場合、関節鏡を入れた状態で関節鏡用の手術器具を挿入し各種関節疾患の治療をおこないます。(関節鏡下で全ての関節疾患の治療ができるわけではありません。) 最小侵襲で痛みが少なく、術後の関節の機能回復が早いことが最大のメリットです。また肉眼的な観察では診断が難しい病変も、関節鏡により関節内部を拡大して詳細に観察できるため小さな関節の病変でも検出することができ、診断精度が高いこともメリットです。
なぜ痛みが少ない?
一般的に関節疾患の検査および治療には関節切開術がもちいられますが、これは関節を肉眼的に観察し手術をするために大きな皮膚切開とその深部の関節包切開を必要とする方法です。関節切開術の場合、術後疼痛が顕著で、関節の安定化に重要な関節包を切開するため術後の関節の不安定性が生じる可能性もあります。そのため術後の安静期間が数週間必要になります。一方で、関節鏡検査・関節鏡下手術の場合、基本的には皮膚に5mm程度のポート(穴)を2つ~3つ作成するだけで検査および治療をおこなうことが可能です。そのため術中および術後の痛みを軽減させることができます。また関節切開をおこなった場合と比較して、術後早期の可動が可能となります。
どの関節、どのような病気に有効?
膝関節関節鏡検査および関節鏡下半月板切除術
前十字靱帯が断裂していると疑われる場合、TTA(脛骨粗面前進化術)等の膝関節安定化術の前に関節鏡検査をおこないます。膝関節内部の構造物、おもに前十字靱帯断裂の有無および半月板を関節鏡で検査します。
前十字靭帯は何回かの部分断裂を繰り返し最終的に完全断裂に至ります。完全断裂もしくは部分断裂であっても膝関節の動揺が生じることで、二次的な半月板損傷も引き起こされます。一旦、前十字靭帯が断裂すると関節炎が始まり完全断裂に至っていなくともその関節炎は徐々に進行するため、できるだけ早期に部分断裂を発見し、早い段階で膝関節安定化のためにTTAを行うことで関節炎の進行を最小限に抑えることができます。前十字靭帯の部分断裂は、関節鏡検査以外ではその診断が難しい問題です。関節鏡検査をおこなうことで、部分断裂であっても診断が可能となり、より早期の治療を開始することが可能となります。
関節切開による肉眼的な観察では検出が困難な半月板損傷を適切に診断し、関節鏡下で損傷部半月板を切除する等の治療も同時に行えます。このような前十字靱帯断裂の診断および半月板の精査・治療を最小限の侵襲(5mm前後の穴が3か所)でおこなうことができます。そのため、関節切開による半月板切除をおこなう場合と比較して術後の膝関節機能回復を可能とします。その他、膝蓋骨脱臼や膝関節のOCD(離断性骨軟骨症)の診断等にも有効です。
肩関節関節鏡検査
犬の前肢跛行の原因として肩関節疾患はよくみられます。適切に診断されることが少なく、治療の機会を逃していることが多い肩関節疾患の診断が関節鏡検査により可能です。また場合により、関節鏡下での低侵襲な治療も可能です。
1. 肩関節内側不安定症、MSI/ Medial Shoulder Instability
肩関節の痛みによる跛行の75%が肩関節内側不安定症によって起こっています。通常、軽度で慢性的な跛行を示します。あらゆる年齢、犬種で起こります。肩関節を外転させたときの角度が正常な範囲を超えて大きくなっており、肩関節の内側の緩みが存在します。関節包、内側肩甲上腕靱帯、肩甲下筋腱等の肩関節内側面の支持組織が損傷を受けることにより、肩関節内側の不安定性が発現します。
肩関節内側不安定症は一般的なレントゲン検査等では診断ができないため、肩関節の関節鏡検査が必要になります。関節鏡検査による診断と同時に治療をおこなうことも可能です。
2. 離断性骨軟骨症 OCD/ Osteochondritis dissecans of the humeral head
上腕骨頭の離断性骨軟骨症の確定診断および治療を関節鏡でおこなうことが可能です。大型犬で多くみられます。日本で多く飼われている犬種では、バーニーズ、ゴールデン、ラブラドール、シェパードなどで発生があります。通常4~8カ月齢で前肢跛行を呈します。診断がつかず2~3歳以降で遅れて症状を再び呈することもあります。関節軟骨が成長障害により厚みを増し、損傷を受けやすくなり、軟骨が浮きあがりはがれることで痛みを生じます。大型犬の成長期の跛行は消炎鎮痛剤等による対症療法ですませず、跛行原因の早期診断早期治療が重要です。
3. 二頭筋腱腱炎・部分断裂
一般的な整形外科的検査によりこの疾患が疑われ、内科治療に反応がない場合、確定診断と治療をかねて関節鏡検査をおこないます。バーニーズ、ラブラドール等の大型犬でみられ、前肢跛行を呈します。この疾患の治療として関節鏡下で腱切断術をおこないます。
関節鏡検査・関節鏡下手術
どのような症状?
通常約5~11ヶ月齢で前肢をかばう歩行がみられます。運動後や休息後に肢をかばう、歩行時に頭を上下させるといった症状がみられます。 この疾患は肘関節の軟骨損傷により肘関節の変形性関節症を引き起こし、症状は徐々に進行していきます。成長期の時点で肘関節形成不全の診断がつかないまま年齢を重ね、重度の変形性関節症に至り顕著な跛行を呈するようになってはじめて肘関節形成不全の診断がつく症例が少なくありません。変形性関節症が重度になると、痛みを回避するために肢をかばうことから筋量が減少し、肘関節の関節可動域の制限も起こります。このような変形性関節症に関連する症状はどの年齢でも現れます。肘関節の関節炎が進行し、あきらかな変形性関節症が生じていると、治療に対する反応が乏しく痛みのレベルを下げることが難しくなります。特に肘関節形成不全の好発犬種における成長期の跛行は消炎鎮痛剤等による対症療法ですませず、跛行の原因を早期に診断し早期に治療を開始することが重要です。
どのような疾患?
1. 内側鈎状突起分離症、FCP/ Fragmented medial coronoid process
尺骨の内側鈎状突起癒合障害により痛みが生じ、成長期に前肢跛行を呈します。成長期に臨床症状を発現していても、レントゲン検査のみでは診断ができないことから内側鈎状突起分離症の診断がつかず、肘関節の関節炎が進行した中年以降になって再び跛行を呈することが多い疾患です。
2. 肘突起分離症、UAP/ Ununited anconeal process
シェパードで発生が多く、前肢跛行がみられます。肘突起の 肘頭への癒合障害により痛みが生じます。
3. 上腕骨内顆の離断性骨軟骨症、OCD/ Osteochondritis dissecans of the humeral condyle
関節軟骨が成長障害により厚みを増し、損傷を受けやすくなり、軟骨が浮きあがりはがれることで痛みを生じます。ラブラドール、ゴールデン、バーニーズ、ロットワイラー等大型犬でみられ、成長期の前肢跛行を呈します。2~3歳以降で遅れて症状を呈することもあります。上腕骨内顆の離断性骨軟骨症の確定診断および治療を関節鏡でおこなうことが可能です。
4. 肘関節不整合、Incongruity
橈骨と尺骨の長さの不一致により、橈骨・尺骨・上腕骨によってなされている肘関節関節面の不整合が生じます。不整合により、内側鈎状突起への負荷が増大し亀裂が生じ分離を引き起こされたり(FCP)、上腕骨関節軟骨の損傷が生じたりします。この不整合の有無を検査する方法として、現在のところ関節鏡検査が最も優れています。